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Beat Cafe - Katoman

東京のナイトスポット「Beat Cafe」のカトマンとのインタビュー

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ナイトライフは街そのものを表すといっても過言ではない。音楽、ファッション、アート、ビジネス、そしてお酒これら全てが混ぜ合わさってパワフルなカルチャーのカクテルを作り出している。

人とのホンモノの交わりを模索して人々は仕事の鬱憤を晴らしながら夜更かしのシーンスター達と夜を楽しむのだ。この「人との関わり」こそが、私達が今いちばん欲しているものではないだろうか。

日本をツアーするバンドマン達に知られるスポット「Beat Cafe」は、日本のどこにでもあるバーとはひと味違う。

そこへたどり着くには、ラブホテルの並ぶ坂を登り、人目につかない階段を降りていかなければならない。その店を知ってなければ見つけることは出来ないような、「知る人ぞ知るバー」なのである。
ドアを開けるには、ドアノブの代わりにモップを引っ張って開けなければならないユニークさである!

ドアの向こうに広がるのは、怪しげなダイブバー。80年代のミュージックビデオを延々と流し続けるテレビ。そしてカトマン。マネージャー兼DJである彼が、この独特の店の雰囲気を醸しだすのだ。

どんな日でもそこではローカルの人々と海外の人々が、絶妙な音楽とお酒と共に混ざり合い、賑わいを見せている。
スターやセレブからサラリーマンまで、幅広い客層の彼らはストレスを解消しにここへやってくる。
ここは世界中の街の中でも有数の「飾らない」バーなのである。

他の多くのバーやレストラン、ナイトスポットと同じく、Beat Cafeはcovid19危機で、生き残るのに必死だ。
東京でのロックダウンは多大な影響を多くの店に及ぼし、生き残れなくなる店も多数でるだろう。私はBeat Cafeのない東京なんて、想像すらできない。
東京の街からこんな店が消えていってしまったら、街の魅力は大きく半減してしまう。Beat Cafeは、Kickstarterというクラウドファンドで寄付を募り、この嵐を乗り越えようとしている。

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Beat Cafeのカトマンとのインタビュー

(英語記事からの翻訳)

デニス・マーティン(以下DM):Beat Cafeは、とても特別な場所です。入った瞬間から、歓迎されている気持ちにさせてくれる何かがある。恐らくそれは、あなたの持つものからきているのでしょう。Beat Cafeがどのようにスタートしたのか、歴史をおしえてください。

カトマン
:取材を、ありがとう。ええ、友達や素晴らしいお客さんたちを迎え入れるのは、Beat Cafeでの私の喜びです。Beat Cafe は2006年にオープン、もう約14年続いてます。現在のロケーションに移動したのが、2013年1月。私はオープン当初からずっと働いています。

DM:あなたには、様々な年代の様々なジャンルにおける音楽に関して百科事典並みの知識があります。もし私たちがバーに居座って、”Michael McDonaldの「I Keep Forgettin」でドラムを叩いたのは誰?” なんてマニアックな質問を投げかけても、あなたならきっと答えを知っているでしょうね。そんなあなたの知識は、長年DJをやってきた中で培われたのですか?

カトマン
:Jeff Porcaro! TOTO! で合ってますかね?ははは。

私は子供の頃から音楽オタクだったんです。沢山のラジオ番組を聴いてましたね。聴いた全ての音楽チャートをノートに書いたりもしていました。大学では「カレッジ・チャート」っていうラジオ番組のプロダクションに関わったりしていましたし、音楽の輸入や配給社、レコードショップでDJや音楽ライターとして働いたり。音楽の知識があるのは恐らく、私が今まで常に音楽と関わってきたからでしょうね。

DM:Beat Cafeは日本にツアーに来るバンドマン達によく知られる場所です。どの夜でも、世界中のミュージシャンやそのクルーメンバーが集まっています。なぜここまで世界中のミュージシャンたちから愛されるスポットに成長したのですか?

カトマン:多分それは、私がレコードショップで働いていたし、自分のレーベルとブッキングエージェンシーを持っていたからでしょう。音楽業界の友達が、彼らの友達に教えて、どんどん口コミで広まって多くの人が来るようになったんです。

Beat Cafe - Shibuya, Tokyo
Beat Cafe - Sorry No Requests

DM:バーのパソコンに「Sorry No Request We know You Are A Good DJ (リクエストは無し。あなたが良いDJなのはみんな知ってるから)」というサインが貼ってありますね。これは、どういう経緯で?

カトマン:昔はお客さんから曲のリクエストを受けてたんですよ。でも辞めたんです。特に店が混んでる時にちゃんと働けなくなってしまい、Beat Cafeの独特の雰囲気が損なわれてしまったんですよ。それで、このサインが生まれたんです。最初は「リクエストは無し。あなたは良いDJ」っていうサインでした。みんなからこのサインは好かれてましたね。

DM:ここには毎晩、多くの面白い人々が来ますから、記憶に残る晩が多くあったことでしょう。ラッキーなことに私もいくつかに出くわすことができました! どんな思い出がありますか?

カトマン:数え切れないほど、沢山の素晴らしい思い出があります。
2010年の9月、VANS OTWのみんながここで数日、過ごしてくれたのが、特に強烈な思い出だと思います。Eric Elmsが写真を編集して「FEEL THE BEAT」という雑誌を出したんです。この雑誌はその週の最高のドキュメンタリーでしたね。未だに信じられない程です。

Beat Cafe

DM:東京でも、世界中の都市と同じようにロックダウンが数週間、続いています。バーやレストランにとってはとても大変な期間だったでしょう。実際にどんな雰囲気ですか?人々は全てが今まで通りに戻ると感じていると思いますか?

カトマン:少しずつですが、お店は再開しつつあります。しかし、政府は未だバーやクラブなどのナイトスポットは自粛を呼びかけています。「コロナショック」の影響で、多くの人が楽しみを制限しているのが現実です。それらが元どおりになるのは、これからまだ先の話でしょう。

DM:東京の全てのバーで9時閉店が原則となると、Beat Cafeをオープンするのはほぼ不可能になりますね。真夜中を過ぎないとパーティは始まらないのに!それが理由であなたはKickstarterキャンペーンを営業時間制限が解除されるまでの家賃等をカバーする為に始めたんですね。今現状はどのような感じですか?

カトマン:はい、これは何処もが共通して直面している問題です。クラブやライブ会場も同じです。現状としては、今現在ナイトカルチャーの復活の目処が立っていないということです。本当はやりたくなかったクラウドファンディング、最後の手段でした。
私がKickstarterを選んだ理由は、Beat Cafeが海外からのお客様が多いお店だったからです。だから海外でも有名なクラウドファンディングのシステムが必要でした。Kickstarterは「目標金額全額かゼロか」のクラウドファンディングシステムで、お金を受け取るには設定した金額に到達しなければなりません。私達にとってはこのシステムがふさわしいと思ったし、これを過去、現在、そして未来のお客様のために成功するプロジェクトにしたいと思ったのです。現在、目標金額の80%に到達しています。感謝してもしきれません。必ず成功させないと!

DM:再開したら最初に流したい曲はありますか?

カトマン:プリンスの「Let’s Go Crazy」や「1999」ですかね。フィル・コリンズの「In The Air Tonight」みたいな曲もいいかも。ははは。ドラマチックなものにはしないんです。どんな曲でもいい、Beat Cafeのいつもの夜みたいで良いんです。
私達はこの場所を、何年も何年も続く場所にしたいだけですから。

DM:インタビューの時間を、ありがとうございました。Beat Cafeは特別な場所ですし、渋谷はこの場所なくして語れないでしょう。私もまたバーに座って芋焼酎を片手にゲンショーと野球について語りながら、80年代の音楽を聴ける日が待ち遠しいです。身体には気をつけて!

Translated by Mai Sasaki
翻訳:佐々木舞 (Instagram)

Beat Cafe - Sign
Beat Cafe - Dennis Martin, Katoman & Gensho
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Dennis Martin
dennis@trendandchaos.com

デニス・マーチンはミュージックプロデューサー / マネージャーで「トレンド&カオス」創立者。 Follow Instagram & Twitter.